Drowned
妻が昔の男の夢を見たということに、ぼくはすぐに気づいてしまう。
普段は寝起きが悪いくせに、そんなときの妻は時間通りに起き上がって、そのまま宙を見つめている。
本当にそうなのか聞いたわけではないが、
そんな妻を見るとぼくは、そうじゃないかな、とピンとくる。
第六感ではなく、長年の観察結果、状況証拠の積み重ねといったところだ。
妻の周りの空気に、過去の匂いとも言うべき靄が立ち込めていて、
妻の意識が今にもそれに押し流されていきそうになっているのが、わかるのだ。
ちょっとやめてよ、 と、妻が言った。
まただ、と、ぼくはリモコンを持つ手を引っ込めた。
ぼくがチャンネルをコロコロ変えるのが気に入らないのだ。
すごく気が散るの。あなたが見始めて、私もそれを見て、やっと理解してきたと思うと、
また次のチャンネルでしょ。妻は、眉間にしわを寄せて、生理的に落ち着かない、という風だ。
お互い、TVプログラムなど大して興味ないのだ。
そんな風に言うのなら、彼女は見なければいいのに、と思う。
オレがずっと見てると、巨人が負けちゃうんだよ、と言いながら、お笑い番組に変えてみる。
彼女は聞いているのか聞いていないなのか、コントを見ながら笑い出した。
そうそう、こういうところが好きなんだ。
ひとつのことにこだわらないところが。
そうして、ぼくが次から次へと映し出すプログラムを、ひとつひとつ丹念に観察し、飲み込んでいく。
ちょっとかわいそうな気もしたが、これはぼくの性癖だから仕方がない。
夕食の後片付けをする妻が、こちらを振り返らずに言った。
そうやって何が出てくるかわからないながら、
じっと動かずにいたら、こうしてあなたと結婚することになったのよね。
そして、今朝、妻はまた誰かの夢を見たようだ。
布団に起き上がり、寝起きの視線を動かさないでいる妻は、過去に溺れかかっているように見えた。